マリモはいつ、誰によって発見されたのでしょうか。
目次
最初のマリモ
最初にマリモが発見・報告されたのは海外でした。
1753年、「分類学の父」と言われる博物学者のカール・フォン・リンネ(Carl von Linné)がスウェーデンのダンネモーラ湖で発見し、マリモを「コンフェルバ・エガグロピラ」と名付けていたことが記録されています。
後にマリモの学名はエガグロピラ・リンナエ(Aegagropila linnaei)となりましたが、これは「リンネの毛玉」という意味で、リンネの名前にちなんで名付けられたとされます。
当時、スウェーデンのダンネモラとストックホルムの湖沼でマリモが生息し、丸くなることが特徴として挙げられていました。
オーストリアに大きなマリモ?
1823年にはヨーロッパのオーストリアで直径20cmに及ぶマリモがいくつも発見されたそうです。
これらのマリモは、オーストリアの医師であり植物研究家でもあったアントン・エレウテルス・ザウターによって同国のツェラー湖で発見されたことが記録として残されていると言います。
当時、ツェラー湖で発見された球状マリモはクラドフォラ・サウテリ(Cladophora sauteri)と名付けられ、学名として使われてきました。
日本国内での発見
日本国内では明治30年(1897年)、札幌農学校(現・北海道大学)の川上瀧彌(かわかみたきや)が発見・命名したことが有名です。川上氏は札幌農学校二期生であった宮部金吾の弟子であったとされます。
発見された場所は阿寒湖の西岸のシュリコマベツ湾(尻駒別湾)でした。
川上氏が北海道の学生だったころに雌阿寒岳(めあかんだけ)の気象観測調査のために阿寒湖に訪れた際、偶然発見したとされます。
このとき発見されたマリモが毬のようにまん丸であったことから和名の「毬藻」と命名されました。この名前は植物学雑誌12巻の釧路國阿寒地方採集記にて発表されました。
その中では、マリモのことが以下のように記載されています。
「シリコマペツ」ノ邊一奇藻アリ、毬圓ノ緑色藻ニシテ大小ノ物水底ニ羅列ス是レ Cladophora ノ一種ニシテ予ハ其形ニ資リテまりも(毬藻)ノ和名ヲ下セリ
釧路國阿寒地方採集記 川上瀧彌
クラドフォラの一種の珍しい藻(奇藻)であると報告されていることが確認できます。
国内最古のマリモの標本
川上瀧彌氏が「毬藻」を発見する三年前に見つかったマリモの標本が北海道大学総合博物館に収蔵されています。
参考
- 【知られざる北海道】vol.16 世界に散らばるマリモのルーツは阿寒湖!? | 北海道Style
- 世界でここだけ!阿寒湖に丸いまりもが6億5000万個もいるのはなぜ?学芸員に聞いてみた | 和樂web 日本文化の入り口マガジン
- 北大総合博物館で1894年に阿寒湖で採取されたマリモの標本を展示中|マリモ博士の研究日記
- 人物紹介(宮部 金吾)|北海道大学総合博物館
- 水草研究会会報 No.6 マリモはなぜ丸い? 山形大学理学部生物学教室 1981
- 金沢大学大学院自然科学研究科 羽生田岳昭 マリモの分子系統学的研究:その起源、分類、生物地理
- 「阿寒湖のマリモ」天然記念物100周年記念シンポジウム – YouTube
ピンバック: かつてマリモが住んでいた「シュリコマベツ湾」とは? - マリモの広場